明治維新、日田は日田県とし松方正義は日田金を持ち去り日銀を創設。また豊臣・徳川の時代日田を直轄地としてから日田から九州の大名、長崎貿易を監視していた。その昔継体天皇(ヤマト)は九州の独立を狙う豪族磐井を攻める。またその昔・鉄を独占しようとした九州卑弥呼を攻めるヤマトの神功皇后。 九州が独立や権力、不穏な動きを持つと東国(ヤマト・関東)は日田に楔を打ち込み、九州を押さえ込む。
歴史は繰り返すのである。しかしそのたびに日田は日本歴史の闇に隠されるのである。

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日田を注目する歴史家

日田市出土の
 金銀錯嵌珠龍文鉄鏡


『豊後国風土記』の
  久津媛(ひさつひめ)

日田と卑弥呼の
   後継者台与(トヨ)


日田は天照大神と素戔嗚尊・月読のうまれた
      筑紫の日向

八世紀、橘と但馬は同意語。日田のタジマこそ橘

小迫辻原遺跡と
  邪馬台国・磐井の乱


神功皇后は日田を拠点として北部九州を統治した事実は竜宮城物語
    そして日田は出雲







参考文献
日田を注目す
    る歴史家の著書

豊かさの代償は気づかないうちに歪みへと変化する。社会の変化とともに価値観も変化した。しかし長い歴史で育まれてきた伝統と文化は次世代に向けた大きなチャンスとプレゼンへと変化する


日田が見えなかったから邪馬台国論争も
    終焉できなかったという仮説をとなえるこの一冊。


    日田出土の金銀錯嵌珠龍文鉄鏡から邪馬台国と天皇家の生い立ちが見える

 鉄をめぐるヤマトと九州の戦いがあった。卑弥呼の時代は九州が鉄を圧倒的に強かったのだが、吉備を中心として出雲や北陸などが連合し九州へと武内宿禰と神功皇后が向かう。そして日田を拠点して九州卑弥呼を統治していく。九州卑弥呼はここで起死回生の戦略の実行へと動く。それは魏のうしろだてをもらう事だった。
 魏に対して、倭の卑弥呼として使者をだすのだが、今の情勢では本当の卑弥呼(日巫女)は日田に拠点を置いたヤマトの台与(トヨ)である。しかし台与は冷静に魏を敵に回さないように九州偽卑弥呼を殺し、宗女として魏に報告するのだった。これで九州を統治した。
 しかし、台与と男王(武内宿禰=天の日矛=素戔嗚尊)は九州を味方につけ権力をつけていった。そこで一番危機感を抱いたのは吉備であった。ここで出雲と九州が連合すると吉備の運命はみえている。吉備はそこで台与と男王暗殺を計画する。宇佐から日田へ入り込み奇襲攻撃をする。卑弥呼の死後栄えた日田の小迫辻原遺跡は焼土を残し衰退する。日田から逃亡した武内宿禰と神武天皇は南九州へ応神天皇は神功皇后とともに出雲〜北陸〜諏訪へ封印される。その後ヤマトは祟りから逃れるために日田から南九州へ逃れた神武はヤマトへ向かい入れる。

関裕二<古代史の謎>コレクション@ 沈黙する女王の鏡
独自の視点で古代日本史の常識を覆してきた著者初の選集。独自の視点で古代日本史の常識を覆してきた著者初の選集。「鏡」に秘められた邪馬台国の謎とは
本の情報  初版発行 :2008年07月7日 定価 :1,365円 (本体: 1,300円) 

古代日田の意味するものとは

 地理的に日田は北部九州の中心地(地理)といってよい。また日田は八衢(やまちまた)と言われた可能性もある。福岡・久留米・八女・熊本・竹田・大分・中津・北九州といった場所はほぼ60km圏内に相当する。豊臣・徳川が日田を天領として統治した理由もみてくる。日田は盆地であり筑後川の水利権をとるには最適地だろうし、盆地という地形からも軍事的に恵まれている。
 邪馬台国の時代、九州で元気が良かったのは、伊都や奴国という韓国に近い場所が権力を持っていただろうし、鏡などの出土も他地区を圧倒している。しかし、卑弥呼以後衰退する理由も、卑弥呼から台与の変わりに反応しているだろうし卑弥呼以後、奴国には布留式土器が出土するが、伊都国ではみられない理由もヤマト勢力が奴国から南下したのと推測できるかもしれない。卑弥呼も南下し、最後は八女・山門で包囲されたのだろう。
 もし、ヤマトと徳川・豊臣の軍事的戦略が同じとした場合には、日田に拠点をつくり、水利権をとり、筑後川下流域を征しただろう。九州でも東側はヤマトに近い勢力が統治し、豊の国=台与であり、神功皇后である可能性が強いと仮定ししてみると、『記紀』神話の神功皇后の九州遠征も本当の話といってもいいだろう。これほど神功皇后の伝承が多いのも、架空の話とするのは無理ではないか。『記紀』が抹殺した事実を伝えようと必死に残したのがトヨ・豊比刀E豊玉姫ではないか。
 神話の神功皇后と武内宿禰は、日田を拠点として九州を統治し、日田で初代天皇を誕生させ、神功皇后と武内宿禰は最後は日田で出雲の崩壊として謀反扱いされる。藤原の不比等は、この事実を祟る天皇家として神話の世界に閉じこめたのだった。それが高天原・天孫降臨・天の八衢(猿田彦)・出雲・日向・八岐大蛇として話をすり替えたという事。不比等の本音は日田の天皇家はどうでも良かったが、天皇家と蘇我氏、物部氏・聖徳太子までつづく敵対勢力を封じ込める意味。勝者の歴史書『日本書紀』は敗者、蘇我氏、物部氏を封印する為のもであり、祟りから逃れる為の歴史書である。
 日田の天皇家の祟りが、聖徳太子までを巻き込む壮大な話につながる。


 
日田市出土の金銀錯嵌珠龍文鉄鏡は何を語るのか?
天皇家に伝わる”八咫の鏡”なのか国学者、飯田武郷と平田篤胤は八咫の鏡”鉄鏡だと”

金錯鉄帯鉤

日田を注目する歴史作家、関裕二氏・梅澤恵美子氏

日田が豊の国であったことにどのような意味があったのか。
 まずここで注目しておきたいのが、日田市の三世紀の遺跡について、である。それは、盆地北部の小迫辻原遺跡で、ここには、三世紀の居館と環濠が見つかり、意外な事実が発覚した。というのも、この遺跡からは、山陰やヤマトの土器が出土していて、大きな謎となっていたのだ。
 しかしこれは謎でもなんでもない。二世紀から三世紀の西日本の状況を考えれば、“日田のヤマト”は必然ですらある。
 二世紀から三世紀の西日本は朝鮮半島の鉄資源をめぐる戦乱に明け暮れた。この結果、畿内を中心とする瀬戸内海勢力が勝利を収め、瀬戸内海から豊後水道にかけての制海権を得ていたと考えられる。そして、北部九州の東海岸も、当然制海権を得るために必要としたであろう。その証拠に、この過程で、瀬戸内海勢力は、南部九州の東海岸にも影響力を及ぼしている。

関裕二先生の本より)
ヤマトタケルの正体―創られた英雄 (単行本) ¥ 1,470 女帝―古代日本裏面史 (単行本) 価格 1,680

日田古代の3つの謎と九州の太陽信仰の道とは             かごめ歌・竜宮城の謎
日田市にある日本最古の豪族居館跡「小迫辻原遺跡」そして鉄の鏡である「金銀錯嵌珠龍文鉄鏡」、『豊後国風土記』が伝える久津媛伝承である。
日(比)=太陽を意味
田=日本最古の記号で聖なる意味・巫女の意味(橿原考古学研究所発表)
日田は日の巫女という意味(天照大神)
3つの謎  内容 
@小迫辻原遺跡 布留式土器が出土する異様な遺跡・台与の時代
ある意味、邪馬台国東遷論を根本から否定するこの遺跡は出雲と畿内の土器が出土する異様な遺跡。この遺跡は考古学者でも邪馬台国は畿内であろうという証明にもつながるが、実はこの遺跡と日田の地勢こそ、逆に邪馬台国九州説を証明するものとなる。
A金銀錯嵌珠龍文鉄鏡と金錯鉄帯鉤



日田市出土の国重要文化財
鉄の鏡の意味するものは何か?。一般的には銅鏡であるが、日田出土の金と銀で装飾された鏡こそ、卑弥呼の鏡と言っても相応しい鏡ではないだろうlか。

日田に残る「鬼の家系」(辞書にも鬼の家系が日田と京都八瀬にあると書かれている)はこの鏡を・・・
B『豊後国風土記』の久津媛





久津媛伝承の山である
会所山の等高線・異様・・

二つの前方後円墳か?。

それともアークが眠る?

会所山は風水の龍穴
 日田の企業も風水で決まる


  『風土記』の久津媛(ひさつひめ)は誰なのか?
景行天皇を神として迎えたこの女王は誰?会所山に色濃く残る神功皇后伝承との関係を探る。

日田市の中心部にある会所山(よそやま)この山の頂上に久津媛神社は存在しいている。ひっそりとたたずむ久津媛神社

この山荒れればこの郡つぶれる。という記述は日田の大切な重要な場所だという証明だろう。


この山の「字」はうしろやま。日田の県境にある「夜明け」という地名との関連からもかごめ歌の謎も日田にあるのでは
以前ムーという本に紹介されたらしい。


上空からみた、会所山。風水でいう日田盆地(子宮)の龍穴。

東西ライン☆太宰府天満宮と宇佐神宮は太陽の道
夏至ライン☆山門郡の女山(卑弥呼)ー日田ー宇佐神宮(台与・神功皇后)は夏至
冬至ライン☆日田−大宰府ー伊都の日向峠−韓国は冬至
東西ライン☆日田の西には高良山・吉野ヶ里遺跡−與止日女神社(一の宮)
日向と出雲の分岐☆宗像大社ー日田ー阿蘇神社−高千穂神社ー都農神社


@宇佐神宮と太宰府天満宮の緯度の誤差も0Mという
  精度である。

A上記写真の会所山山頂から太宰府天満宮 44.9KM
         会所山山頂からの宇佐神宮   46.1KM
  の誤差は500Mという範囲である。

B日田からの冬至と夏至のラインはこのラインとかなり合う

C宇佐神宮は日田での神功皇后と武内宿禰と仲哀天皇の
  怨念を封印、祟りをおさえる神社としてつくられた。

(太宰府天満宮の末社には国津神系が多く、以前から何かしらの意味が含まれた土地だった可能性がる。)

この三角ラインこそ九州の太陽信仰と太陽の道であり、古代の神話も隠されている。


日田をとりまく神社(一の宮)・遺跡・意味は?

日田ー宇佐ー出雲のラインは
     出雲神話の謎解きのキーワード
古事記に登場する出雲国造りの祖
「岐比佐都美」は日田の比佐津媛
出雲神話が眠る日田。素戔嗚尊・神功皇后の原点がここにある。


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